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10-06

2011

スペースふきのとう

引っ越したさきは、京都府立大学の南側にある一軒家で、お友達と三人で暮らし始めました。

となりには、ちいさい平屋の家があって、2棟まとめて借りています。
この小さい家は、あれこれするための場所として空けてみることにしました。
なまえは「スペースふきのとう」となりました。

とりあえずわたしは、10~12月、月曜日と木曜日の晩ご飯を開放します。
時間:19:00~21:00
一品もちより、または会費
わたしも一品つくります!

ちょろちょろ遊びに出てしまい、家によりつかなくなる私自身を戒めるための会です(笑)
どうぞ、お気軽にいらしてください。

そのほか、10月~11月にいくつかあるイベント。

10月9日(日)夜 中華料理の会

10月29日(土) 13:00~14:30 もちまわり研究発表会(今回は、近代短歌についてのご発表)

11月7日(月) 18:00~ごはん
         19:30~21:30 『言語と芸術』の会
                    (今回は私が話題提供します。文化人類学と言語学について)


同居人もなにやら企てているみたいで楽しい。

このスペース、いろんなことに使ってみてほしいです。

興味のある方は私(松本朋子)までご連絡下さい。
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10-06

2011

引っ越して生活がすこし落ち着いてきました。ので晩ご飯を開放します。原則10月~12月の月曜日と木曜日の19:00~21:00。わたしがちゃんと家に帰るための会(笑)一品もちよりまたは会費制。わたしも一品つくります。どなたでも、よかったらいらしてください。

06-11

2011

フーコー (ちくま学芸文庫)フーコー (ちくま学芸文庫)
(2011/05/12)
リディア・アリックス・フィリンガム 文

商品詳細を見る


阿呆船(The ship of fools)
見捨てられし人々を乗せた船は、ゆらりゆらりと河を下り、町から町へとやってくる。そのたびごとに追い払われ、ときにはこのまま通りすぎてくれと、船頭にお金を握らせて。(p41)

こうした動物の種類分けは信じられないような括り方であって、まさに滑稽に思える。だが、それはその動物自体が皆どれも滑稽であるという理由からではない。あらゆる秩序の感性を侵犯してしまう奇妙なモノの分類方法ゆえであり、つまりそれはモノの秩序に発する滑稽さなのである。
 私たちは皆、どんなときに分類が意味をなして、どんなときに意味をなさないかを知っている。フーコーは、この「我々が皆、知っている」とはどういうことであるのかを考察しようとした。そして、分類を形成する知とは何なのか、その知が前の時代と比べてどのように異なるのかという点を考察しようとした。(p87)

05-29

2011

実録アヘン戦争 (中公新書 (255))

中国では日本のように長子のみが親の遺産を相続するのではない。次男、三男もわけてもらえるので、農業は一代また一代と、次第に零細化され、貧困化されていく。日本では長子相続で根幹の「家」が社会の芯として維持されるが、中国ではそれがない。ねずみ算式にマイナスになり、気がついたときは、全国民がほとんど食うや食わずの水呑百姓で、最低線に近づいているということになりかねない。(略)税金が払えないと逃亡するほかない。逃亡した人民は流民であり、彼らはおたずね者だから、自己防衛のためにグループをつくる。流民はただちに流賊となるのだ(p42~43)

04-20

2011

本とタイ

吉岡みね子 編訳 『タイの大地の上で 現代作家・詩人選集』


彼女のそのすべてがなんと美しかったことか。美しくあるべくしてこれほど美しいのか、それとも美しいがゆえにこのように美しいのか、私にはおよそ知る由もないことです(p71)

人は誰も、誰に対しても恩という借金はない。人にはそれぞれ異なった神が存在する(p102)


私は、日本人ぽくないらしく、「外国人ですか?」「どこの出身ですか?」と聞かれることがしばしばあります。

しかし、タイの人だけは例外で、わたしの顔を見るなり、「タイ人ですか?」と聞いてくれる。

そのため、タイには並々ならぬ関心を持っています。

この本。こまごまと感動する。登場人物も、どこか自分に似ている気がする。

タイか。タイやな。
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